2015年04月13日

ヘミシンク普及を目指すアクアヴィジョン・アカデミー創立10周年パーティが開かれました。 10年節目の記念出版、坂本政道、ヘミシンク研究10余年の集大成「覚醒への旅路」5月中旬発売予定。


10周年.jpg


4/11土曜日、日本にヘミシンクの普及をめざすアクアヴィジョン・アカデミーの10周年パーティが東京・飯田橋のホテルメトロポリタン・エドモンドで開かれました。


100人以上のヘミシンク体験者が集合、明るいフンイキの中でお祝いが始まりました。


ブルース・モーエン氏などからビデオ・メッセージが続々、中にはエッ!?という人物のメッセージも。


それはヘミシンク創始者・ロバート・モンロー(故人)のあの世からメッセージ


通訳≠ヘ藤由達三トレーナー(「ガイドとの交信マニュアル」の著者)。


小話が得意という落語好きだけあって、モンローの結びの言葉は、(何をやっても)「君たちは自由だ」というオチだったのでしょうかw


代表・坂本政道氏はデビュー作「臨死体験を超える死後体験」に始まるアクアヴィジョンの10年の歩みを紹介。


坂本さんの著書をはじめ40数点のヘミシンク本を出した弊社も、この10年の節目、坂本さんのこれまでの集大成の本を出版することを紹介しました。


その書名は「覚醒への旅路−人はどこからきてどこへ向かうのか」


覚醒とは何か。ヘミシンクなど精神世界を極めたい人は誰しも探求したいテーマではあるが、このことについて深く掘り下げた本がない。


そこで坂本さんは、死の恐怖の克服から始まった自己の体験を元に、覚醒するにはどうすればいいのか、その遠大なテーマの道のりを明らかにします。


3巻完結のシリーズの予定で第一巻が5月中旬刊です。


乞うご期待です。


会場には「神さまは軽トラでやってきた」の西宏氏、パーティの司会を務めた芝根秀昭氏(「ヘミシンク完全ガイドブック」著者)、「ヘミシンク浄化法」を書いた山口幸子氏、・・・らアクアヴィジョンのそうそうたるトレーナーも全員集合、大盛況でした。



それから「スペイン前世旅行」の著者、荒居砂羅さんもいました。


3時間があっという間でした。


993.jpg
989.jpg



image.jpg


s670.jpg

posted by ラクーンドッグ at 18:34 | Comment(0) | ・著者ー坂本政道さん

2015年04月10日

500年続いた白人中心の世界を叩きつぶし、アジア解放の礎を築いた!! 吉本貞昭氏、新刊「世界史から見た日清・日露大戦争」4月11日発売です。



日露戦争.jpg


先々週、特攻戦士の慰霊祭で靖国神社へ。


境内の桜は早くも3分咲き。


今年の春は早いとおもったものだが、ここ数日は冬に逆戻り。


朝晩は再びコートの世話になっている。



yasukunisakura.jpg



さて今日の話題は吉本貞昭氏の1年ぶりの新刊。


「世界史から見た日清・日露大戦争」424頁の大冊 。



今年は、終戦70周年が注目されているが、日清戦争から120年、日露戦争から110年の節目でもある。


なぜ今、日清・日露の大戦争なのか?


吉本氏といえば「世界が語る大東亜戦争と東京裁判」が話題を呼んだが、先生にその続編をお願いしたところ、快諾していただいたものの、吉本史観≠語るには、どうしてもここから書きおこさねばとなり、もう一冊。ありがたいことに本書が完成した。





話はちょっとそれるが、僕の小学生時代、夏休みなどには「推薦映画」というのがあって、10円か20円の入場券で、近所の遊び仲間を誘って街の映画館に出かけたものだ。


まだモノクロテレビもなかった時代。


「ゴジラ」とか「モスラ」とか宇津井健の「スーパージャイアンツ」などの娯楽映画や原爆や反戦映画もあったが、明治天皇と日清戦争や日露戦争を描いた映画もあり、こどもながら強い印象に残っている。


青竜刀をもつ辮髪姿の兵士と銃剣で戦う日本兵、またロシア軍の堅牢な陣地からの機関銃掃射でなぎ倒される日本兵、しかし最後は敵弾をかいくぐって占領地に旭日旗をたてる。


そういった戦闘シーンを夏休みの宿題として提出。先生に褒められて、おまけに絵の横に金紙をつけていただき、クラスの後ろ壁にはりだされたものだ。


こういう話を中年の社員にすると、そんな馬鹿なといった顔をするが…








戦後、学校で教えられている歴史は、起こったことが並べられているだけ、これでは興味がわかない。大切なことが風化してしまう。


高校の歴史を10年間教えたことのある吉本氏は、


「アメリカにはアメリカの、中国には中国の言い分があるのだから、そのことを書いて子弟に教えるのが本当の歴史教育というものである」


という。


15世紀から500年も続いた西欧列強による侵略の歴史。


我らが父祖は巨大な敵に敢然と立ち向かい、はねのけ、そして、その後世界史を大きく変えた。


彼らの多大な功績を自信と誇りを持って語り尽くす、今の日本人に必要な痛快歴史書≠ナある。


b997.jpg



















posted by ラクーンドッグ at 15:12 | Comment(0) | ・著者−吉本貞昭さん

2015年04月07日

4/24発売の『続・竹林はるか遠く―兄と姉とヨーコの戦後物語』の単行本カバーが出来ましたのでブログの読者やツイッターフォロワーの皆さんへ一足早く展示します→


【4/24発売!】http://t.co/PEyR4wA4F6

続・竹林はるか遠く .jpg



「続・竹林はるか遠く−兄と姉とヨーコの戦後物語」(ヨーコ・カワシマ・ワトキンズ著 都竹恵子訳)のカバーが出来ましたので紹介いたします。


作者は新進気鋭の画家くまおり純氏です。



本書は、27年間も長い間、日本で邦訳出版されず幻の名著≠ニなっていた「竹林はるか遠く」(1昨年発売されアマゾン総合1位を記録しおおきな話題となった)とともに刊行が熱望されていました。



者カードにもヨーコと家族のその後を読みたいという声がいっぱいです。

ヨーコの顔.jpg
絵日記へヨーコそ、なんちゃって


当社に寄せられた読者カードにも「ヨーコのその後を知りたい」など期待が大きいことが分かります。



読者カード、最近きたものを以下に紹介します。



【4/24発売!】http://t.co/PEyR4wA4F6



竹林はるか遠く(岩手県 女性 77歳)
私も戦争体験しましたし、兄は特攻隊で海の「モクズ」と消えてしまいました。
考えていた以上に過酷な人生を送ってこられたのですね、引揚者の方達は……。



竹林はるか遠く(青森県 男性 96歳)
私は昭和19年4月、満鉄職員であったが予備中尉だったので招集され、鉄道隊の中隊長として朝鮮の鉄道地盤工事に従事しました。
部隊長の好意により満州から家内を呼ぶことができました。終戦で鉄道隊は、北からの引揚列車がスムースに南下するよう朝鮮の鉄道職員を激励する任務で、私の中隊は北鮮の〓星隊に駐留しました。
ソ聯が8月26日38度線に進駐したため、それを越え「龍山」の本部に帰りました。
当時、家内が身重でいつ出産するかわからず、軍服をぬぎ引揚者として逃亡しました。家内は内地に来て2週間後に出産しました。引揚げの記録を本に発表しました。



竹林はるか遠く(広島県 女性 67歳)
お母様の最期は涙なくしては読まれませんでした。
邦訳されていない続編を楽しみにしております。



竹林はるか遠く(愛知県 女性 67歳)
家の用事等をすませながら2日間で読んでしまいました。とても悲しく、涙が出ました。
お母さんがやさしく、強く、お姉さんのたくましさ、そして愛情があり、国はちがってもとても親切な人達。
これからも「平和」を願うのみですね。



竹林はるか遠く(東京都   女性)
引き揚げ者の方達の話はいろいろな本で読む機会もありましたが、この本も大変良く、一気に読みました。
健気なお姉さん、引き揚げ者の中でも運が良く、周りの方にも恵まれていたと思いますが、その後の家族の方達を是非読みたく、続編の訳本を出して下さい。
著者と同じ年代なので、間に合う内に是非お願い致します。




竹林はるか遠く(神奈川県 男性 71歳)
川嶋さんと同じく、私の妻の一家は満鉄で働いていました。北朝鮮とソビエトの国境近くに住んでいて、川嶋さんと同じく苦労して引き揚げて来ました。義父・義母そして義姉は亡くなり、当時の詳しいことを知っている人はいないため、本書で当時の事を詳しく知ることが出来ました。




竹林はるか遠く(新潟県 女性 76歳)
拝啓 はじめまして。
父の仕事で幼児期、吉林に在住、父シベリヤに招集、母は満鉄病院で死亡。
本の内容が重なる部分あり、胸がいっぱいになりました。




竹林はるか遠く(香川県 女性 70歳)
本当に感動しました。涙なくして読めません。今までの自分が恥ずかしい……。これからの残りの人生を強く生きていきたいです。



竹林はるか遠く(東京都 女性 86歳)
前略 御免下さい。お友達から『竹林はるか遠く』をもらいました。
自己紹介の所で、羅南の初瀬町に居た満鉄勤務の川島さんだと思ったのですが、私の父が満鉄で家族で付き合っていた方だと思うのですが。御健在ですか。古いお話ですけど…。


竹林はるか遠く(徳島県 男性 54歳)
私は戦争の引き揚げ者の人たちの苦労が、よく分かっていませんでした。本書を読むことで、戦争の悲惨さがよく理解できます。その中でヨーコさんの健気さが輝いていると思います。



竹林はるか遠く(神奈川県 女性 79歳)
挑戦からの引き揚げ記録は、藤原ていさんの『流れる星は生きている』だけ読んでおり、大変なご苦労はなかったのだと思っていましたから、本書を読み、私より2歳年長の方の記録に感銘を受けました。
私は北満から命からがらに引き揚げてきたので、その体験を埋もれさせてはいけないと思いながら、どのように書いたらよいかと迷っていました。少々、ヒントをいただきましたが……。




竹林はるか遠く(岩手県 男性 58歳)
本書続編の邦訳刊行を望む。
本当に良い本でした。ありがとうございます。



竹林はるか遠く(熊本県 男性 38歳)
最近の中韓の目に余る反日ぶりに、戦中戦後の事を調べていて、この本のことを知りました。
自分の祖父母も大陸からの引き揚げ者だったのですが、このような体験をして日本に戻ってきたのかと、驚きと、当時の事を直接聞くことができない事が悔しくてなりません。
本を読んで感じた事は、「日本人」として産まれた事への感謝と責任、そして今日の日本があることは、多くの方々のおかげてあると思いました。


竹林はるか遠く(大阪府 男性 75歳)
其の後のヒデオ兄さん、父上はどうなったのでしょう。京都で再会した兄妹、お父上は帰国されたのか? 続きを発行して下さい。




竹林はるか遠く(神奈川県 女性 51歳)
何度も涙があふれながら一気に読みました。読み終わった後もその後の3人が気になって仕方ないです。是非、続編の邦訳本もお願いします。 



竹林はるか遠く(熊本県 女性 56歳)
戦争の悲愴を描きながら読みやすく、読後の精神的負担も少ない良書でした。
また、日韓どちらにも偏らず公平に書かれており、公正な歴史の第一次資料として今後も読みつがれるべきものです。
日本でも副読本として採用できないものでしょうか。



竹林はるか遠く(佐賀県 女性 72歳)
同じヨーコでも漢字にしたらいろいろありますネ。私は朝鮮からの引き揚げ者です。でも3歳だったので、戦争のことは覚えていません。
同じヨーコとして読ませていただきました。72歳になります。涙なしには読めませんでした。




竹林はるか遠く(愛知県 男性)
人目になかなか触れる機会が少ない部類の書籍ですが、多くの人に読んで頂ければと思います。




竹林はるか遠く(高知県 女性 33歳)
著者の歩んだ人生をさらに知りたくなりました。「My Brother,My Sister,and I」の邦訳を熱望します。(読める自信はありませんが、My Brother…を購入しました)
ぜひとも邦訳の出版をお願いします。



竹林はるか遠く(宮崎県 女性 65歳)
新聞の広告でいつか読みたいと願っていた一冊です。
この本を読み終え、戦争の無惨さ、脱出に伴う恐怖の連続、悲しみ、苦しさとともに、家族の絆の強さ、生きる心構え、人の親切さ、食べ物のありがたさなども印象に残りました。
この本を一人でも多くの人に読んでほしい。命の大切さを大事にしてほしいと願いました。この本に出合えました事に心より感謝致します。ありがとうございました。



竹林はるか遠く(大阪府 女性 94歳)
私も南朝鮮の釜山の近くより引き揚げたので、引揚者の気持ちがよく分かります。
何遍も読み返しております。ありがとうございました。




竹林はるか遠く(福岡県 女性 82歳)
今は恐怖もなつかしい想い出となり、涙を流し母との想い出にひたり、ずっと後世に伝えなければならない事だと思いました。
悲しい出来事、現在の中一の時ですが、涙々ですが、本当に今ではなつかしい想い出です。ありがとう。



竹林はるか遠く(栃木県 男性 50歳)
この本が私の小学生、中学生の頃にあったら、私の人格形成に多大な影響を与えてくれたことと思います。
しかし、遅すぎることはないと願いつつ、戦争について、日本や世界の平和について考え行動していきたいと思いました。
出版して下さったことを感謝致します。


【続編4/24発売!】http://t.co/PEyR4wA4F6


posted by ラクーンドッグ at 19:18 | Comment(0) | ・おすすめ竹林はるか遠く

2015年04月03日

ラーメンの神さま・山岸一雄さん逝く。もう四半世紀も前の話だが、行列が出来る店あの東池袋・大勝軒の思い出



IMG_1561.JPG

かの有名なつけ麺・大勝軒社長の訃報を聞いた。


弊社がまだサンシャイン文化会館の上(8F)にあった頃。東池袋周辺は今とはぜんぜん違う。


いまは再開発がすすみ図書館、NTT、何何ビル・・・と高層建築がならぶ整然とした町並み。


だがその頃、平成が始まったばかりの頃かな。


サンシャイン文化会館から東池袋へ向かう道は、ごっちゃごっちゃ。


すぐ何かおまけしてくれる親切なおばちゃんの駄菓子屋さんがあったりなど昭和の名残がぷんぷん・・・その中にいつも長い長い行列を作る店があった。


店にはいるまで30分、1時間もかかる。


大勝軒だ。


「たかがラーメン屋さんごとき、並んでまで・・・」


といつも素通りしていたが、あるどしゃぶりの日にふと、「きょうならすぐはいれるかも」と思ったのがあさはか。


傘を差しても吹き込む雨にズボンの裾を濡らしながらも長蛇の列。


こうなるとますますマボロシの味にたどり着きたくなった。


ある夕、店が閉まる寸前、あと2,3人だ。シメシメと思い駆け込んだ。


そのとき「、お客さん、もう看板ですよ」と奥から男の声が聞こえてきた。


その時「すみません、遠くから来たんです」といった。


食い意地がはっていたぼくのことだ。


とっさの口から出まかせで「北海道からたべにきました」と絵に描いたようなウソをいったかも知れない。


どんぶりを受け渡す小さな窓口から、いまじゃトレードマーク?山岸一雄さんの、あの福顔が見えた。


「じゃあどうぞ、今度は早く来てくださいね」にこにこというより、ちょっぴりおっかない職人口調。


そういう客が多いんだよとはいわなかったがしょうがねえな、ま、はいれ・・・というおこったような顔だった。


そのころ並が380円?だっが、量が半端じゃない。量と安さ、そしてちょっと甘口のたれ。


ぎっしり入っても20人ぐらい?


店の面にある洗濯機。時々奥さん?がそこで店の布巾など洗い物をしている。


その上にどんぶりを置いて食べている人もいた。


旨ければ、恰好はどうでもいい。


外で立ったまま食べる中年のオッサンもいる、という賑わいだった。



弊社が平成5年に池袋駅の西側、現在地(池袋三丁目)に引っ越すまで、何度か難関≠フ店ののれんをくぐったが、いまでは山岸チルドレン≠ェ営むチェーン店があちこちに。


スーパーにはつけ麺の商品まである。


余談だが、家族連れでいったとき、家内も家内の姉も、幼い息子もみんな食べきれず、3人の残りまで平らげた思い出も。こうして大食漢の汚名を着せられることになった。


そういえば店主が身体をこわして長く店を閉めているときもあった。


ラーメンは鶏ガラ豚ガラ人ガラだそうだ。


一世を風靡した山岸さん、身体をはった美味しいラーメン有り難うございました。合掌。

山岸さんの訃報を伝える夕刊紙(フジ)
1FullSizeRender.jpg


posted by ラクーンドッグ at 15:16 | Comment(0) | ・池袋・要町昼めし晩めし

2015年04月02日

大人気の「神社仏閣パワースポットで神さまとコンタクトしてきました」発売3週間で早くも3刷り、本文とコラボの動画も続々出来ていますのでご覧ください。


IMG_1557.JPG



超人気ブログ「ひっそりとスピリチュアルしています」の桜井識子さんの第2弾「神社仏閣パワースポットで神さまとコンタクトしてきました」は、発売されてまだ3週間ですが、早くも第3刷です。


中でも、本文だけでなく、動画でフンイキがつかめるのもこの本の特徴です。


この動画とのコラボも最初から計画があったのではなく、識子さんが撮影してきた写真や動画を見ているウチに、当社スタッフがアイデアを出しアップロードしてみると、すこぶる評判がいいので次々と制作してしいます。


「何本出来るのですか?」聞いてみると、「まだ出来ますね」


つまり、いくつできるのか分からないようです。


まさに神さまのみぞ知る?


とにかく、ここまで出来ているものを、ここに収録してみました。


著者もオススメです。


まだ見ていないモノがあったらどうぞご覧ください。


















994.jpg




posted by ラクーンドッグ at 16:15 | Comment(3) | ・おすすめ精神世界