2014年02月14日

「竹林はるか遠く」に「読み終えた時、とても頑張った『小さなようこ』を抱きしめてあげたい、そんな想いで胸が一杯になりました」と、感動の声が全国から届いております。発売から半年過ぎましたが、アマゾン戦記・体験記でもつねに上位のベストセラーです。




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終戦時の朝鮮半島からの日本人引き揚げ記「竹林はるか遠く」は、発売以来約半年がたちました。

おかげさまでたくさんの方々に読まれ、全国からの感動の声が止まりません。

アマゾンの順位も下がることなく、戦記・体験記のジャンルで常に上位のベストセラーになっています。

またアマゾンレビューも200を越えています。そしてそれらのほとんどが星5つの評価です。

弊社にもたくさんの「感動」がとどいております。

ほんとうにありがとうございます。

例えば、


「戦争の惨禍と人間の非情さの中に、朝鮮半島の人々の人間的理性と親切な心が描かれていた事が救い」
「蝋燭の芯が燃え尽きるような母の死には絶句」
「読み終えた時、とても頑張った「小さなようこ」を抱きしめてあげたい、そんな想いで胸が一杯になりました」
「吸い込まれるように読みました。様々な苦難は想像を絶するものでした。また昔の日本人の礼儀正しさ、上品さが大変印象に残っています」
「極限の生活の中で優しさと思いやりがにじんで、一気に読みました。『優しさと思いやり』ありがとうございました」

http://www.810.co.jp/book/ISBN978-4-89295-921-9.html

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最近届いた読者カードは以下の通りです。

竹林はるか遠く(北海道 男性 54歳)
 戦争の惨禍と人間の非情さの中に、朝鮮半島の人々の人間的理性と親切な心が描かれていた事が救いでした。
 戦争を知らない子供達に、決して戦争を起こしてはいけない事を伝えていかなければいけないと思いました。
ぜひ続編も読んでみたいと思いました。



竹林はるか遠く(千葉県 男性 65歳)
 感動しました。日本人全体が知っておくべき事だと思います。
 続編の邦訳を待っています。


竹林はるか遠く(北海道 男性 77歳)
 筆舌に尽くし難い苛酷な体験が平易に綴られ極限状態が存分に伝わり涙、涙でした。
 蝋燭の芯が燃え尽きるような母の死には絶句、幾多の艱難を克服され今日あることを嬉しく思います。
 続編の邦訳版を強く期待しております。


竹林はるか遠く(大阪府)
これが体験されたことだと思うと、よくぞ生きて帰還できたものだと、私なら無理だろうなと。御苦労さまでしたの言葉ではねぎらえない崇高なものを感じます。


 竹林はるか遠く(神奈川県 女性 50歳)
 吸い込まれるように読みました。様々な苦難は想像を絶するものでした。また昔の日本人の礼儀正しさ、上品さが大変印象に残っています。
 日本語は大変上手で読みやすいです。原文も読んでみたいと思います。続編も是非出版してほしいです。



 竹林はるか遠く(神奈川県 男性 76歳)
ご家族の引揚げの大変なご苦労が十分に理解できる内容でした。
 略奪、暴行、破壊、各地で悲惨なことが起き、極限状況の人の姿が書かれております。
また、人の強さ弱さについても分かりました。ありがとうございました。



 竹林はるか遠く(山梨県 女性)
ヨーコ・カワシマ・ワトキンズ氏が日本語刊行に寄せての中で、「戦争とは恐怖そのもので、勝負は関係なく互いに負け」という赤信号と書かれておられますが、正にその通りだと強く心を締め付けられる思いがしました。
 戦争は如何なる事があってもするべきではないと、これから育っていく子供達に強く伝えたい思いです。この本に出合えた事をうれしく思います。



 竹林はるか遠く(長崎県 女性 79歳)
 「万感胸に迫る」と云う思いです。著者は昭和8年生まれとのこと、私は昭和9年3月生まれ、或いは同級生かも。
 生駒町に住み(羅南神社の近くだったと思います)羅南小学校に通学。昭和19年1月、小学校4年生の時、冬休みを利用して内地に来ました。母と一緒の帰省で、気軽に内地に来た筈です。
ところが途中の乗り物が大変だったので、母は祖父の万が一の時とても間に合うまいと、戦争が終わるまで内地にいようとなりました。先生とも友人ともお別れの言葉もないままです。
 1、2年生の時は岸川先生、3、4年生の時は手塚先生と記憶しているのですが、私は朝鮮へ帰りたいと泣いていました。しかし羅南にいたら、母子2人どうなっていたでしょうか。
 大変なご苦労に遭われた分、どうぞ一日も長くお元気で。

 

竹林はるか遠く(神奈川県 女性 68歳)
 父も満鉄で働き、私は山東省で生まれました。引き揚げの事は何もわかりませんでしたから、大変な思いを皆さんして帰国したのですね。
また、その後のヨーコ・カワシマさんの次の本を読みたいので紹介して下さい。



 竹林はるか遠く(埼玉県 女性 66歳)
 昭和22年生まれの私です。戦後生まれですが、何となく、戦後の荒涼とした東京の景色は記憶の底にこびり付いております。ああいう時代を二度と繰り返してはなりませんよね。
 「竹林はるか遠く」のご本に巡り合えた事に感動しています。一人でも多くの若者に読んでほしいです。



 竹林はるか遠く(新潟県 女性 66歳)
 読み終えた時、とても頑張った「小さなようこ」を抱きしめてあげたい、そんな想いで胸が一杯になりました。
そして、この本を攻撃する韓国の人達は、世界からどう見られるか分かっていない、と思いました。従軍慰安婦と叫んで日本を攻撃する事は、私達に忘れかけていた事実を思い出させてしまうのです。

キーセンを国策とし、外貨を稼ぐ手段にした国、その事で世界の女性を不快にした国、韓国。その韓国に言いたい。「自ら恥辱にまみれた自国の過去を思い出させる行為は、やめなさい」と。
そして、窮地に陥った人間を責めるのではなく、窮地に陥らせる戦争を無くする運動をしてほしい。
 「竹林はるか遠く」の続編をぜひ邦訳刊行して下さい。


 

竹林はるか遠く(千葉県 男性 82歳)
 極限の生活の中で優しさと思いやりがにじんで、一気に読みました。「優しさと思いやり」ありがとうございました。
これから子供と孫におすそわけしたいです。



 竹林はるか遠く(佐賀県 女性 84歳)
 84歳と6ヶ月になる婆です。女学校4年生で敗戦、その折、大連におりました。8月15日午后からは電車にも乗れなくなり、町なかを歩くのも怖くなりました。
 父は45歳で年齢的に最後の召集、母と私と小学1年の弟の3人、6月に大連に移ったばかり。頼るのは父の会社の上司、でも冷たい扱い。
 母は2人の子を抱え大変な苦労でした。お陰様で私も弟も無事に帰国できました。
 本を読ませて頂き、当時のつらい様々な事を思い出しました。外地で過ごした方々の恐ろしさ、悲しさ、内地へいつ帰れるかの心細さ…。
 今、幸せに暮らしています分、現地で亡くなられた方々の事があわれであり、お気の毒に存じます。御冥福をお祈りします。



竹林はるか遠く(埼玉県 女性 68歳)
 賢い頭脳と運にも恵まれ生還されて良かったです。お兄様が帰国されてから現在に到る迄の事も並大抵な事ではなかったでしょう。
 戦後69年間の本も読ませて下さい。子供や孫達にも読ませたいです。



竹林はるか遠く(大阪府 女性 64歳)
 新聞で本の広告を見てすぐに購入、一気に読みました。途中、何度も涙でぐずぐずになりながら胸が痛くなりました。
 戦争の悲惨な事がどんどん忘れ去られる中、先人の貴重な命がけの元に今ある平和というものを、永遠に続けていかなければいけないと思います。世界平和!!



 竹林はるか遠く(大分県 男性 85歳)
 実によく引揚げ当時の事を書いてあり感心しました。小生も大連より引揚げましたが、大連港の奥地よりの難民が大勢居て、飢えに苦しんで居り、死者はトラックで谷に捨てて居り、かわいそうでした。ヨーコは11歳でよく記憶して居たと思います。



竹林はるか遠く(埼玉県 男性 81歳)
 非常に読みやすい文章で何の抵抗もなく読めました。孫に時機を見て読ませたいと思っています。清々しい文章でした。

竹林はるか遠く(広島県 男性 40歳)
 続編の本も訳して下さい。日本語で読みたいです。日本の学校でも是非使って頂きたい本です。



アマゾンのベストセラーランキング(戦記・体験記)↓
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「竹林はるか遠く」につづく朝鮮半島引き揚げ記として、いま注目されています。







http://www.810.co.jp/book/ISBN978-4-89295-970-7.html
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posted by ラクーンドッグ at 15:36 | Comment(0) | ・おすすめ竹林はるか遠く
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